Interview with HISAAKI HIRAWATA + TOMOHIRO WATABE/MOMENT —part 2
この記事はインタビュー後半です。前半はこちら「Interview with HISAAKI HIRAWATA + TOMOHIRO WATABE/MOMENT —part1」
— 続いて、都内のマンションの一室を全面改装したという「RESIDENCE WS」のデザインについて聞かせてください。
ここは、アート作品が好きな夫婦のための住まいです。作品を架け替えることが日常という施主は、日々風景が変わるように変化のある暮らしをイメージしていたので、“新陳代謝”をコンセプトにデザインを進めました。それを象徴するのが、この住居の中央に位置するギャラリーと呼ばれる一室です。アートが生活の中にある暮らしが求められていたので、この部屋は、家具を一切置かず、その時々の気分で選ばれたアート作品を飾る前提でデザインしました。
— それはユニークですね。
その横にあるダイニングのスペースでは、5、6人までならば食事ができますし、10人ほどが集まる場合には、隣接するギャラリーにテーブルを移動すれば、レストランのような使い方ができます。何もモノを置かない場所は、マス目を一つ開けて絵柄を動かして遊ぶパズルの余白のようなもので、それがあることで生活の玉突きをしてくれる重要なスペースになっているのです。例えばギャラリーで食事をすれば、いつもと違う新鮮さがあるでしょうし、ダイニングで食事をした後に何もないギャラリーで寝転んでもいい、そんな使われ方をしています。
— 部屋同士の境界はどうなっているのですか。
各室がワンルームのようにゆるやかに繋がった状態が求められたので、扉はすべて引き込み戸として壁の中に納まった状態を正とし、トイレ以外はすべてフルオープンにして住まう計画です。壁構造のため、開口位置は動かせなかったのですが、既存のドア枠を全て撤去し、開口は開口としてそのまま使うというスタンスで、躯体の断面がそのまま見える状態に設えました。壁まわりは、躯体の上に合板を貼り巡らせてあり、どの壁にでも気ままにアートを掛けられることも特徴です。“着せ替え”と呼ぶほどライトなものではありませんが、この家ではあたかも現代美術作品がインテリアの仕上げ材のような役割だと思うと、どこまでが下地でどこからが仕上げか?という曖昧さに気付き、家具、建築、内装、そこでなされる行為までを分け隔てなく考えていった結果、開口部は、壁に必要な厚みがそのまま露わになるデザインにたどり着きました。
— なるほど、興味深いアプローチですね。既存部との取り合いで気を付けたことはありますか。
古い建物だったので、解体するまで躯体の様子がわからず、一度スケルトンにした後に、現場でスケッチを描きながら全体をまとめていきました。細かい部分では、既存の梁や設備に対して、面を綺麗に揃えるのではなく、それぞれに柔らかい影が落ちるように適度な凹凸を与えて仕立てていきました。例えば、ダイニングの奥の壁には、天井近くにダクトの形が現れていたのですが、その前面に垂れ壁を設けることで、梁型の存在感を消し、柔らかい影が壁に落ちるようにしています。
— ちょっとした垂れ壁の存在が、柔らかい印象をつくるのですね。
はい。この計画でずっと考えていたのは、住宅というのは人の暮らし方によって千差万別の形があるということでした。賃貸住宅では、キッチンの頭上にはたいてい吊り戸棚がありますが、人によっては不要かもしれないし、お気に入りの器であれば、常に見えるところに置いて愛でてもよいはずです。また、食事をするところや寝るところは設備などにより決まっていくのが一般的ですが、家具に従って行為が決まる、というあり方を超えたい、という思いもありました。竣工した後に、ここで試みたように要素をできるだけ固定化せず、移ろいゆく余地を残した住み方を望む人がいるのではないかと感じました。また、ありのままの状態とは何だろう、素の状態とは何だろう、と考えることからデザインを組み立てられるような予感があります。
— 今後のデザインが楽しみです。ここまで事例について聞いてきましたが、最後に、MOMENTとしてお二人が、デザインする時に大切にしていることを教えてください。
空間でもグラフィックでも、余計なことはせず、クライアントの良いところやユニークなところを発掘して、そこを伸ばしていくようなアプローチでデザインする、ということが基本にあります。その過程で、デザインを加えるのではなく、既にある余分なものをそぎ落としいくこともありますね。
また、具体的にデザインを進めていく時には、伝わるスピード感など、時間という軸を常に意識しています。例えば、DMのデザインであれば、手に取ったときに2秒で捨てられてしまうか、開封して中を見たいと思われるかで、0か100かの違いがある。店舗のファサードデザインであれば、客単価がリーズナブルなら入りやすい店構えにする、というのがセオリーかもしれませんが、それだけではなく、お客さんがお店の前を通りかかる瞬間に、その気持ちをくすぐることのできる仕掛けを考えていくのです。
かつて大牟田で手掛けた飲食店「ROOTH 2-3-3」では、長いアプローチを経て客席に至る動線計画で、入店時にワクワクしてもらうという点では効果的ですが、それだけではお客さんは入りづらい。そこで、外部から店内が見える窓を設け、どんな雰囲気か外から垣間見えるようにしました。この時に、正面から見た時に格好が良いサイズに計画するのではなく、より店内を覗いてみたくなり、入店したくなる理由を掘り下げていくことで、結果的に窓のプロポーションが決まっていくのです。
— 時間を気にすることで、人の行動が細かく分析されるのですね。MOMENTのデザインでは、店舗の素材であったり商品であったり、何か主役がある時に、それを引き立てるような見せ方が徹底されているように感じますが、そのあたりは意識するのでしょうか。
確かに、主従関係はとても気を使うところです。僕たちは二人ともデザインをしたくなるほうなので、どんどんデザインを重ねていくのですが、あるところで、俯瞰して必ずバランスを確認します。自分たちはチューニングと呼んでいるのですが、この存在が強過ぎるとか弱いとか、ほんのちょっとしたさじ加減の微調整を繰り返すのです。空間の中で主役と脇役の関係が崩れるとすべてが崩れてしまうので、そこは神経質なほどこだわる部分です。
料理でいうと、出汁の違いを楽しむような話かもしれませんが、事務所として15年継続してきて、ようやくそうした繊細な違いを表現し、素の状態を生かしたデザインができるようになってきたように思います。
二人が言う“チューニング”の精度や皮膚感覚を気に掛ける繊細さと、“架け橋”という言葉で語られたように、空間のあり方への視線が重なり合うことでMOMENTらしさが生まれるのだろう。先ごろFRAMEから作品集を出版したばかりの二人に、日本らしさを意識するかと尋ねると、「日本らしいデザインを意図することはないが、物事をシンプルにしたり整理していくことが、海外からは日本的に見えているようだ」と分析していた。
「ISSEY MIYAKE MEN」で見せた、ショップの中に自然現象を封じ込めたデザインや、「RESIDENCE WS」での“移ろい”を許容するような手法がどのように進化していくのか、注視していきたい。