ODAGAKI SHOTEN by New Material Research Laboratory
Hyogo, Japan
ODAGAKI SHOTEN | New Material Research Laboratory | photography: Masatomo Moriyama
DESIGN NOTE
江戸時代後期の建築のリノベーション
現代美術作家の杉本博司が再構成した石庭
町家石や手水鉢など、時を経た素材選び
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photography : Masatomo Moriyama
words : Reiji Yamakura/IDREIT
現代美術作家の杉本博司と建築家の榊田倫之が率いる新素材研究所が改修のデザインを手掛けた「小田垣商店」本店のショップとカフェが、2021年4月、兵庫県・丹波篠山にオープンした。小田垣商店は、1734年に創業し、丹波篠山で長く黒豆をつくり続けてきた黒豆専門卸店だ。彼らが昭和初期に取得し、事務所や店舗として使っていた建物群は江戸時代後期から大正時代初期に建てられたもので、その10棟は2007年に国の登録有形文化財に指定されている。今後の事業にそれらの建築の価値を生かすため、新素材研究所に改修の依頼があったという。
新素材研究所の榊田に、全体のデザインに対する考え方を尋ねると、「篠山は、京都へと続く城下町の一つとして栄えた地域で、江戸時代の商家が残る魅力的な街です。今回、改修を手掛けた一連の建築は、もとは造り酒屋だったもので、大正ロマンの時代には洋館を建てていたことから、この地域でも先駆的なものだったと考えられます。その時代に思いを馳せ、最後の建物が建った大正初期が建築のピークであったと捉え、私たちは“時代を還る建築”というコンセプトを掲げ、改修に取り組みました。また、耐震診断の結果、現法規を満たす耐力がないことが明らかになり、ピーク時の姿に戻すことを念頭に、炭素繊維や鉄骨による補強ではなく、在来工法で壁量を足す方法を採用しました」という。
建築とインテリアは完全に切り分けて考え、建築は新たにデザインをするのではなく、様式に倣うという考え方を元に、どこを新素材研究所が手掛けたのかわからないようにすることが成功と考えたと榊田は振り返る。また、民藝的な風情のある建築に対し、機能上の要件をもとに考えていったというインテリアでは、緊張感のある数寄屋造りのディテールを取り入れ、新素材研究所らしい素材の扱いを随所に見ることができる。
店内のポイントとして、榊田は新たにショップ部分に敷き込んだ町家石を挙げる。「京都の商家で使われていた町家石を床一面に用い、京文化の中で育まれた町家の雰囲気の再現を試みました。京都の町家石は、瀬戸内周辺のいくつかの石丁場から切り出されたものが中心で、地域により色味が異なるため、並べたときに現れる差異がよい景色となりました」。黒豆のディスプレイ台として用いた手水鉢については、「江戸時代後期には、創作手水鉢と呼ばれる、棗(なつめ)型や銀閣寺型などの装飾的な鉢が、ある種の趣向の一つとして流行ったことがありました。そこで、私たちは棗型の手水鉢を黒豆用のディスプレイに見立て、13基をショップに並べました。本来、水を張る凹みに合わせ、木製の中蓋をつくり内部をストックとして使えるようにして、上部には八角形の屋久杉のオリジナルトレーを置き商品を並べています」と説明する。
この手水鉢や床の町家石など、新たに加えるものに関しては、『約300年前の江戸時代に建てられた建築なので、ここに加える素材はすべて時を経たものとすべきだ』という杉本の考えをもとに、江戸時代のものや、新しくても100年程度を経たものから選ぶことにこだわりました」という。時代を経たアンティークに加え、内装の仕上げには、左官職人として知られる久住章監修の土壁と黒漆喰の壁や、和紙作家、ハタノワタルによる黒谷和紙など、歴史ある建築と対峙するにふさわしい仕上げが厳選されている。
ショップと隣接する、「豆堂」と名付けられたカフェのデザインについては、「この建物は、改修前は事務所として使うために増改築されていたので、本来の庭と室内の関係性が失われていました。そこで、後付けされたサッシなどを撤去し、かつて縁側だった部分に新たに濡れ縁をつくり直し、中間領域のある日本的な関係性を再構築しました。また、既存の天井を取り除いて小屋組を露わにし、庭を望む位置には杉の共木をカギ継ぎしたカウンターを設置しています。床に掛けた、杉本が揮毫した軸は、緑色の豆が黒く色付いていく時間の流れをおさめるというコンセプトにより、背景となる地は上と右側がグリーン、下と左側は黒く仕立てたものです」と語る。また、このカフェでは、榊田がデザインを手掛けた、背の表裏に藤を用いた繊細なオリジナルチェアが、空間に現代性を加えている。
施工中の様子。 photo courtesy of New Material Research Laboratory
そして、第1期改修の見せ場である、杉本が“庭の新機軸”を意図して再構成したという石庭「豆道」は、このカフェから一望することができる。「本人は、“多機能型枯山水”と呼んでいましたが、この庭は自然の造形美をもとにした伝統的な作法によるのではなく、現代の感性で導かれた、平面構成的な要素のある一つのアートワークとして楽しんでもらえると思います。延段の一部には黒豆のイメージから京都の銘石、加茂真黒石が敷かれています。かつてこの庭は、敷地中央にあったものの渡り廊下により分断されていたのですが、渡り廊下を舞台と見立て、壁をすべて取り払ったことで、二つの庭を見渡せるようになりました」と榊田は見所を語る。丹波篠山に古くから伝わるデカンショ節の催しの際には、三味線や踊り子が入り、この渡り廊下と延段が舞台として大いに活用されたという。
計画全体を通しては、「築300年近い歴史ある建築に手を加えたのは、新素材研究所にとって初の経験でしたが、保存されてきた建築や部材の一つひとつと向き合うことで、大いに発見がありました。建築に関しては、作家性を表現するのではなく、純粋に様式を戻すデザインに徹したことで、初めて訪れる人にとっては元からここにあったと感じるような、次の100年にも目を向けた普遍的な空間とすることができました」と総括してくれた。今後は、第2期として茶室と蔵、第3期として旧酒蔵、第4期に洋館のリノベーションが計画されている。
(文中敬称略)
DETAIL
上空から見た石庭「豆道」。左上に見える銅板葺きの部分は、かつて瓦屋根だった渡り廊下。
杉本博司が揮毫し、さらに表具にまでこだわったという軸。背景となる地は、黒豆が色づく時間を表具におさめるというコンセプトにより、黒とグリーンの2色で仕立てられている。
背の表と裏を藤編みで仕上げた、チーク材のオリジナルチェア。椅子の存在が目立ち過ぎないように、背の高さは天板より低く抑えたという。
ショップの什器として棗型の手水鉢が用いられた。床は京都の町家石。
ディスプレイテーブルは、栃無垢材の天板とビシャン仕上げの大谷石を組み合わせたもの。インテリアでは、時間の経過を感じさせる自然素材が随所にシャープな形状で用いられている
久住章監修による黒漆喰の壁。
ハタノワタルの和紙で貼り込めた壁のディテール。
所在地:兵庫県丹波篠山市立町19
経営:株式会社 小田垣商店
用途:物販店舗、飲食店舗、庭園
竣工:2021年3月
延べ床面積:368.4m2
仕上げ材料
外壁:白漆喰、浅葱土漆喰、焼杉貼り
サイン:屋久杉
床:ショップ/町屋石 カフェ/ウォールナット材フローリングガラス塗装仕上げ
壁:土壁、黒漆喰(久住章監修) 一部和紙貼り(ハタノワタル)
什器:ショップディスプレイテーブル/天板・栃無垢材+脚・大谷石ビシャン仕上げ
オリジナル八角形トレー:屋久杉材オイル仕上げ
カフェ客席カウンター/杉無垢材t55mm、75mm
家具:オリジナルチェア/チーク材+藤編み+レザークッション