SOSUIKYO by Koichi Uchida
Japanese villa | Mie, Japan
DESIGN NOTE
自然素材を大胆に取り入れた離れ宿
アートとインテリアの融合
風合いが育つ、内外の素材
photography : ToLoLo studio
words : Reiji Yamakura/IDREIT
三重県の菰野町に、2020年7月にオープンした、アートを点在させた美術館のような離れ宿「湯の山 素粋居(そすいきょ)」。建築・デザインの監修とアートのキュレーションは、陶芸家・造形作家の内田鋼一が手掛けた。石や土など、大地の力強さを感じさせる素材を、あたかもアートを扱うかのように大胆に取り入れたデザインの意図を聞いた。
三滝川に面した敷地に宿泊棟が12棟、飲食とレセプション機能が別にあるという施設概要だけが決まっていた状態で、コンセプトを含めた全体のプロデュースを依頼されたという内田に当初のアイデアを尋ねると、「この12棟が離れのように点在する宿では、一つひとつのヴィラが独立し、まったく別の顔を持たせようと考えました。大抵の宿泊施設では、部屋のグレードは価格帯によって決まるので高級な部屋は部屋数が多く、設備がより充実していますが、一つの部屋を見れば上のグレードの部屋が想像できてしまいます。ここでは、そうした客室の考え方とは別の発想をすべきだと思ったのです。そして、一つひとつの部屋の個性を表現するために、時を経ることで味わいが増し、素のままでも美しい『土、石、漆喰、木、漆、和紙、硝子、鉄』という八つの素材を選びました」という。
特徴的な、石をテーマにした棟のデザインについて尋ねると、「石を用いたヴィラは二つありますが、それぞれまったく異なる表現を行なっています。『石砬 SEKIROU』では、この地域で採れる菰野石(こものいし)そのものの存在感を見せたいという考えのもと、エントランスと室内に、重量が5、6トンもある巨石を使いました。また、石をテーマにした部屋の風呂というと岩風呂が思い浮かぶかもしれませんが、それではありきたりのイメージになってしまうので、浴槽は石の洗い出しで仕上げ、洗面台には石を削り出した手洗いボウルを用いるなど、重々しくなり過ぎないバランスを意識して計画しています」
巨石は、地元の石切り場から選んできたものを洗浄し、表面加工せずに自然のままの状態で用いたものだ。室内の石は、建築を建ててからでは入らないので、基礎工事の段階で支柱で固定し、後から床を張ったという。
石を用いたもう一つの棟「碉石 CHOSEKI」では「ここでは、菰野石を積み上げた粗い表情とするため、石を薄く切って貼るのではなく、厚みのある石を積み上げるように仕上げています。内壁だけでなく、外部にも用いたので、職人は苦労しながら仕上げてくれました。また、重厚な壁とは対照的に、室内のアートには軽やかな石の彫刻を選んでいます。本棚も石で設え、そこには石をテーマにした書籍が並んでいます」。
続いて、外国からの訪問者が典型的な日本と感じるような、障子を用いた部屋「紙季SHIKI」について聞いた。
「和紙をテーマにしたこの部屋では、開口部はすべて障子を設け、壁と天井も和紙で仕上げました。ペンダント照明は和紙アーティストに依頼した、和紙に胡粉を塗ったもので、ソファはペーパーコードを使ったものです。紙には、漆喰のように調湿作用があるので、部屋に入った時に違いを感じることができるでしょうし、ブラインドやカーテンとは異なる、柔らかい光に包まれた感覚を体験してもらえると思います」。
和紙と対照的に、硬質な鉄をテーマにした部屋もある。
「錆びたコールテン鋼と、白く塗装した杉によるコントラストをもとに考えたのが『界鉄KAI NO TETSU』です。室内には錆び鉄で床の間をつくり、静謐さと力強い鉄の対照的な表情がある空間としています」。この部屋のソファの背面に掛かるアートワークは、内田自らが鉄の釉薬を用いて焼いた陶板だ。
また、土壁が独特のテクスチャーを見せる「囲土 I NO TSUCHI」では、土着的なアンティークがゲストを迎える。「土のプリミティブなイメージをもとに、建築の中央に円筒形の壁を立て、ひび割れた表情の土壁で仕上げました。土壁の端部は丸く、切り返しや見切りのないデザインとしたので、左官職人にとっては難しい現場になったと思います。また、土のインテリアの中に、なにか圧倒的な力のあるものを加えようと、アフリカで見つけたアンティークを組み合わせました」。今回はコロナウイルスの影響で、アンティークを海外に買い付けに行けない状況となったため、過去に探し集めていた古道具などのストックが役に立ったという。
敷地内には、個性豊かなこれら12の客室棟に加え、そば、うなぎ、直火料理の三つのレストランが独立して設けられた。昼間のみ営業する「そば切り 石垣」は、洗練されたそばを提供する店なので軽やかで清潔感のある雰囲気とし、「うなぎ四代目菊川」は、求められた客席数を満たしながら、カジュアルになり過ぎないよう配慮したものだ。料理を提供する器には、内田作の陶器や古伊万里、漆の椀を用い、本物を使うことを徹底したという。フランスで活躍する手島竜司シェフが監修するレストランHINOMORIのデザインについて尋ねると「ここは、高さが1800mm程度の通路を抜けると広がりのある空間がある構成で、ラボのような雰囲気を意図しています。薪や炭を使った料理を提供する店なので、炎を見ながら食事ができる客席があり、店内中央には菰野石の脚の上に24cm角のヒノキを8本並べて大きな作業台を設えました。作業台と、客席のテーブル天板の高さを合わせ、ステージのように臨場感のある調理シーンを見ながら食事ができるようにレイアウトしています。また、作業台の一部はシェフズテーブルのような使い方にも対応するものです」。肉店の作業台のようなダイナミックな角材のテーブルは、使用しているうちに傷んでも、表面を削って使い続けることができるという。
計画全体を振り返っての苦労を聞くと、「工事の終盤は、コロナと重なってしまったので、普段であれば国内外を行き来することが多い私自身が、現場に通うことができました。職人の皆さんは嫌がったかもしれませんが、日々コミュニケーションをとり、多少の無理を聞いてもらいながら完成度を高められたことは不幸中の幸いでした。レセプション棟の石を積み上げた壁やカウンターなどは、サイズが均一でないので職人さんたちは本当によく仕上げてくれたと思います」。
また、「この素粋居では、鉄の表面に生まれる錆のように不具合であっても、風合いが育っていく素材を使いたいと考えていました。例えば、『界鉄』の外壁は、錆が落ち着いた姿が森の中に見える様子をイメージして考えたもので、外風呂のある東屋の木部は痩せて色が抜けてくるとより周囲に馴染んでいくでしょう。出来上がった時よりも、時を経てしっくりくるものを意図的に選び、アートと組み合わせながら丁寧に個性をつくり込むことで、次はあの部屋にとまってみたいと思える宿になったと思います」と語ってくれた。アートを選ぶキュレーターとしての目と、自らの手でものをつくる作家としての内田の視点が、いかんなく発揮された施設となっている。
(文中敬称略)
DETAIL
CREDIT
名称:湯の山 素粋居
建築・デザイン監修:内田鋼一
キュレーション:内田鋼一
設計:一級建築士事務所ヨネダ設計舎
施工(建築):
株式会社最上工務店、株式会社大藤工務店
施工(造園):株式会社西村工芸
所在地:三重県三重郡菰野町菰野4842-1
経営:株式会社アクアイグニス
用途:宿泊施設
開業:2020年7月
敷地面積:13,928m2
建築面積:1,618m2
仕上げ材料:
床:「紙季」檜材フローリング、「颯木」栗材フローリング、「碉石」タモ材フローリング
壁:コールテン鋼、漆喰、土壁、杉材、和紙ほか
レセプションカウンター:大正石(三重県北勢町)
〈HINOMORI〉
壁:セメント系サイディング
客席テーブル天板:吉野杉(150年)
客席照明器具:スチール製オリジナル