Interview with DAISUKE MOTOGI | DDAA/DDAA LAB —part 1
photography : Kenta Hasegawa
words : Reiji Yamakura/IDREIT
DDAA/DDAA LABを主宰する建築家の元木大輔さんが、1930年代にアルヴァ・アアルトがデザインしたArtekの「Stool 60」とそのコピー品を“ハック”した100のアイデアを、「Hackability of The Stool」と題して、2020年6月23日からインスタグラムで毎日1点ずつ公開している。現代においても色褪せない名作スツールを選んだ理由や、現在までの反響などを元木さんに聞いた。
— まず、スツールを改変しようと思ったきっかけを教えてください。
かつて、スタートアップを支援するMistletoe(ミスルトウ)のワークスペース「MISTLETOE OF TOKYO」(2019年4月竣工)を設計したのですが、その後、レクチャーなどのイベントを開催するために椅子が必要になりました。このスペース自体が、本当にオフィスは必要なのかを議論しながらデザインを進めた、日々アップデートしていく場だったので、開設時には必要最低限の家具しか置いていなかったのです。また、普段は収納する必要があったので、スタッキングできるスツールが適当と考え、実際の使われ方を探るワークショップを開きました。
— なるほど。特定の空間のために考え始めたアイデアだったのですね。
はい。そこで必要な機能を尋ねると、コーヒーを置きたいとか、後ろの席の人が見やすいように背の高い椅子が欲しいなど、要望が山のように出てきました。この場所のために新たにスツールをデザインすることも考えはしたのですが、多くの要望を一つのスツールに落とし込むと、十得ナイフのような過剰なものになってしまう。そこで、新たにデザインするのではなく、まず、万力でアタッチメントを固定するシステムで、既成のスツールを改変してみよう、というアイデアが生まれました。最終的には万力で取り付けるのではなく、高さ違いのスツールや、座面下に荷物置きを付けたものなど10種類のバリエーションで合計150脚ほどをつくり、さまざまな用途に対応できるようにしました。また、アイデアを出していく過程で、「MISTLETOE OF TOKYO 」のプロジェクトに留めるのではなく、もっと広く発信したら面白いのでは、と考えDDAA LABのプロジェクトとして、自主的にリサーチを続けることにしたのです。
— 「Stool 60」を原型として選んだのはどうしてですか。
誰もが見たことのあるマスターピースであるStool 60は、シンプルで美しく、流通やパッケージを含め、細部までデザインし尽くされた、モダニズムの考え方を代表するプロダクトです。また、スツールと言いながらも実際の生活の中ではとても多義的な使われ方をしています。ベッドサイドテーブルにしている人もいれば、鞄を置いたり、クランプで照明器具を取り付けている人もいるでしょう。そんな使い方を担保しているのは、フラットな座面と「L-レッグ」と呼ばれる直角に曲がった脚からなるシンプルな形状です。改変するポテンシャルの高さと、スタッキングスツールのステレオタイプと言えるこの形から、Stool 60を選びました。
— なるほど。今回、公開されるのは100点ですが、もとになったアイデアは350もあると聞きました。それほどの数を、どうやって考えていったのでしょうか。
僕たちは、規模や種類を問わずデザインを考える際に、常にプロジェクト固有の条件にコンセプトとなり得るキーワードを掛け合わせながら最適な解を探す、という方法論を取っています。単純に言うと、立地や業種など変えてはいけない与条件を定数として扱い、そこに、自分たちの興味やどんな視点から考えるかといった変数を、AからZまで順にすべて掛け合わせていき、ベストなアイデアを探っていくのです。この考え方は、青木淳さんの「決定ルール、あるいは、そのオーバードライブ」という論考で述べられていた、コンセプトを導くルールを一つずつ試していく、という方法から影響を受けています。僕たちの事務所では、まず条件を整理し、クライアントが望むものをつくれる状態にしてから、機械的に変数を掛け合わせていきます。数多くのアイデアを代入すると、そのアイデアがいかに良いのか、良くないのか、という確認ができるので、一見ダメそうなアイデアでも一通り試してみることがとても有効なのです。
天地を逆さにした「LAUNDRY BASKET」は、脚を増やすだけでなく座面位置も付け替えたユーモアあふれるアイデア。
座面高さを変えるアイデア「HEIGHT ADJUSTMENT2」。他に、脚をそれぞれ延長して座面を高くしたアイデアも公開されている。
座面にタブを取り付けて、吊り下げられるようにアレンジした「LEATHER TAB」。ほんのちょっとした操作で、使い方が大きく変わることに気付かせてくれるアイデアだ。
— 数多く挙がったアイデアを、エクセルで一つひとつ分類していく方法も独特ですね。今回のスツールでは、どのように整理をしていったのですか。
僕たちは、いくつかのタグをもとに分類しながらアイデアを整理していくことがあるのですが、このスツールでは、Subject、Geometry(=形状)、Function、Material、といったタグに分けました。そして、Subjectの中には、「Stool for 〜 」と言えるような、カーペンター、プランツ、ネコなど、主語となる言葉を列挙しています。
脚をカットすることで4段階のバリエーションをつくった「HEIGHT ADJUSTMENT」。極限まで座面を低くしたタイプの使いみちを考えるだけでも楽しい。
Geometryの中には、プラスとマイナスという二つのグループがあり、プラスは荷物置きのように何かの要素を足したアイデア、マイナスは、脚を短くカットするといった引き算のアイデアがあります。このようにアイデアを細分化していくと、例えば、生活シーンごとに分けたFunctionの中では、玄関のアイデアが手薄だからもう少し考えてみよう、というように弱い部分を補いやすいのです。
— 途中でボツにした案もあるのでしょうか。
はい。一度、カルチャーというタグを設けて、Stool for Japaneseなどを考えようとしました。しかし、このプロジェクトは、モダニズムの一つの成果として生まれた大量生産のプロダクトに、どうやってニッチなニーズを取り戻し、ささやかな機能を付加していくか、という試みなので、主語が大きくなり過ぎると本来の目的と矛盾するため、それらの項目は除外しました。
— これだけの数のアイデアを出し、プロトタイプをつくっていくというのは、発想力の筋トレのような効果もありそうですね。
こうした実践をしていると、超短納期のプロジェクトに応える瞬発力がつきますね。例えば、すごく興味のあるプロジェクトだがここまで短期間でできるのか、という依頼が時おりあります。そんな時に、時間がないからと諦めるのではなく、即座に面白い提案ができると、クライアントも乗ってきてくれて、普段の設計では考えないようなアイデアを実現できることがあるのです。
— なるほど。「Hackability of The Stool」を、DDAA LABの自発的な活動として発表したのはどうしてですか。
僕は、実験的なアウトプットを出し続けていくことが、事務所を続けていく上でとても大切だと考えているので、昨年、リサーチやプロトタイピングをするための組織として、DDAA LABを立ち上げました。営業活動よりも、デザインに時間を使いたいし、そのためには、ポートフォリオで勝負できるようにしたい。そうするために、全体の1/3から半分くらいのリソースを、こうした実験的なプロジェクトに当てていきたいと考えているところです。
— それは楽しみですね。これまでも元木さんは、街中にあるガードレールに勝手にベンチを取り付ける「ベンチ・ボム」のように既存の何かを“ハック”するデザインを行っていますが、現在あるものを改良したい、という意識があるのでしょうか。
例えば、プロダクトのデザインで言うと、僕は好きなデザイナーが沢山いますし、既にある製品に対して、素直に良くできているなと思ってしまうんです。そこに対して新しいデザインするのは、イス取りゲームに加わるようなもので、もっと違う視点から考えないと勝負にならないのではないか、と考えています。
また、完成して終わりではなく、その後アップデートし続けていくデザインに今とても興味があります。完成した瞬間が最高なのではなく、ヴィンテージのスニーカーや美術品のように時間が経っても価値が落ちない“モノのあり方”があるのではないか、と。
今ある状態を完成品と見なせば思考はそこで止まってしまいますが、完成していないと見なすことで、思ってもみなかった形や使い方が生まれることがある。どんどん変化していく前提でものを見たり、世の中をもっと良くしていこうという視点でフラットに考えていくことが、ものづくりには必要なのではないか、と思っています。「Hackability」はそんな今の状態からさらに変化していくポテンシャル、改変可能性があるという眼差しが重要ではと考えてつけたタイトルです。
— 完成していないと見なす、というのはユニークですね。そんな視点から始まった「Hackability of The Stool」は、都内での展示を考えていたそうですね。
今年の4月に東京で、100点のアイデアを見せる展示を計画していました。また、5月から開催予定だった「ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」の日本館の展示に参加することになっていたので、同時期に開催される「Venice Design Biennial」から声が掛かり、そこでスツールの展示会を予定していました。しかし、コロナウイルスの影響で、すべてが来年に延期となってしまったので、SNSで毎日、一点ずつを発表することにしたのです。
— そうだったのですね。現在、ちょうど半分のアイデアが発表されたタイミングですが、これまでの反響はいかがですか。
開始してすぐに、アルテックの方から楽しんで見ています、という連絡がありました(笑)。また、アルテックの工場を訪れたことがあるデザイナーから、工場には職人がカスタマイズしたスツールがあったという話を聞いたり、アーカイブを書籍化しませんか、という依頼が来たりしています。実物を展示できなかったのは残念ですが、パラパラ漫画のようなGIF画像を織り交ぜながら、インスタグラムで丁寧に一つずつ発信していくのもなかなか楽しいと思っています。
アアルトのデザインへの敬意をもとにしながらも、モダニズムの名作に怯むことなく、「少しだけ便利で、多様なプロダクトをできるだけ簡単に作るためのリサーチとアイデア集」と元木が語るプロトタイプが日々更新されていく様は、大量生産が当たり前となった現代社会に、新たな視点とユーモアを提示してくれる。次回は、100のアイデアの発表を終えるタイミングで総括を聞いてみたい。
(文中敬称略)
CREDIT
名称:Hackability of The Stool
デザイン:DDAA/DDAA LAB 元木大輔 角田和也
ディテールデザイン・製作:甲斐 貴大
モデル:DDAA/DDAA LAB 角田和也, Giulia Chiatante
グラフィックデザイン(ポスター):安田昂弘
公開時期::2020年6月23日〜
インスタグラム:www.instagram.com/daisukemotogi