Art Gallery of NSW/SYDNEY MODERN PROJECT by SANAA
Sydney, Australia
DESIGN NOTE
高低差のある敷地に配されたギャラリーとそれらをつなぐテラス
オイルタンクの遺構を生かした地下ギャラリー
周囲の風景を内外で感じられるデザイン
photography : Keiko Chiba/Nacasa & Partners
words : Reiji Yamakura/IDREIT
妹島和世と西沢立衛率いるSANAAが2015年に国際コンペで選出され、デザインを手掛けたArt Gallery of New South Wales(ニューサウスウェールズ州立美術館/以下AGNSW)の新館が、シドニーのビジネス中心街から歩いて15分程度の立地に、2022年12月にオープンした。周囲には王立植物園があり、高速道路上のブリッジとビジネス街で働く市民の憩いの場である公園The Domainの一部にまたがるひな段状の敷地からは、眼下にウルムルー湾を望むことができる。
SANAAによる新館は、波型のガラス屋根を掛けた新たな広場「ウェルカムプラザ」を挟むかたちで、本館の北側に独立したエントランスを持つ別棟として計画されている。新館の建設は、AGNSWの本館改修を含めたリニューアル計画「Sydney Modern Project」の中心であり、総事業費3億4400万豪ドルのうち、2億4400万豪ドルをニューサウスウェールズ州政府が投じ、残りの1億豪ドルは個人からの寄付でまかなった大型プロジェクトだ。
傾斜のある敷地に対して、三つのギャラリーと多目的ホールなどを、位置をずらしながら徐々に降りていくように配した意図については、「緑豊かな公園に接し、海を見下ろす美しい環境にあり、敷地の一番低い場所にはオイルタンクの遺構が残されていたので、私たちはそれらを大切なものとして生かすことを考えました。また、敷地には20mほどの高低差があったので、大きな造成工事を行うのではなく、各レベルにギャラリーを置き、それぞれの間を開けることで風景が見えてくる、そんなつくり方をしています」と妹島は振り返る。
敷地内の主要な樹木を残しながら配置した建物間には、ところどころに湾を望むテラスや小径が設けられており、草間彌生による「Flowers that Bloom in the Cosmos」など屋外の作品を開放的な空のもとで堪能できる。また、ギャラリーの内部は白くシンプルな設えだが、一部には湾や艦船が室内から見える開口部があり、シドニーにいる感覚が得られて楽しい。
内外の素材については、ガラス張りの開放的な空間に対し、メインとなる三つのギャラリーの外壁には小さなピースに加工したライムストーン、また、全長250mの土壁には、州内で産出する砂を混ぜ、版築のように突き固めた仕上げが用いられた。「もとからあった素材や周辺の色合いにできるだけ近いものを使うことで、建築が一つの塊として見えるのではなく、全体が新しい地形のように感じられたら良いなと考えました」(妹島)という。
ギャラリーを分散させずに一つのビルディングとするデザインを検討したかを尋ねると、「この敷地に対して馴染むボリュームとすることは、計画当初から継続していたコンセプトなので、一つの大きな建築とするアイデアはありませんでした。また、相互のサーキュレーションを丁寧に考えるとともに、建物のまわりを歩いた時に、公園の一部として美術館があるような体験を提供したかった。そこで、建築の規模を小さな単位とすることで、公園に適したものになると考えたのです」と二人は語る。
また、建築のボリュームを抑えた理由の一つには、敷地内に残されていたオイルタンクの存在があった。ここで言うオイルタンクとは、一般的にイメージされる円筒形や球形の構造物ではなく、砂岩の地盤を掘って建造された、巨大なコンクリート造の地下室のようなスペースであり、第二次大戦中の1942年に海軍の燃料を保管するために建造され、戦後には廃墟となっていたものだ。SANAAは、このオイルタンクに大きな価値を見出し、できるだけ手を加えずにギャラリーとして活用する提案をしているが、「その上部に大きなボリュームを建てると、オイルタンクがただの地下室のような存在となり、その素晴らしさを生かせないと考えた」(西沢)という。天井高さ約7m、コンクリートの柱が4mピッチで縦横に林立する、いっさい外光の入らない空間は、既存の柱を一本だけ取り除き、そこに真っ白い螺旋階段が新設されている。
The Tankと名付けられたこの地下スペースについて、館長のマイケル・ブランドは「映像やインスタレーションなど、時間と共に変化する作品に最適な環境で、このギャラリーが私たちの美術館を特別なものにしている」と胸を張る。現在、アルゼンチン生まれのアーティスト、Adrian Villar Rojasによる彫刻の展示「The End of Imagination」が開催されており、漆黒の闇と動きのある照明効果を組み合わせた演出が、この空間の特異性を際立たせていた。また、新館内の展示では、本館では奥側にあったアボリジナルアートとトレス海峡諸島民のアートを見せる「Yiribana Gallery」が新館のエントランスに一番近い場所への移設されており、これは先住民文化の重要性を発信する上で大きな意味のある進化として言及しておきたい。
昨今、公共プロジェクトでは欠かせない環境性能については、屋上庭園とランドスケープを合わせた8000m2以上がオーストラリアのネイティブプランツで植栽されており、それに加え、太陽電池や雨水活用システムの導入など総合的な取り組みが、サステナビリティを評価するGBCA(Green Building Council Australia)のデザインレーティングで最高ランクの六つ星の評価を得た初の公共美術館となった。実現までにはかなり苦労したという屋上緑化については、「屋上緑化自体は決して新しい手法ではないが、植物が激しく育ってくるとここはもっと面白くなると現地で改めて感じました」と西沢は手応えを語る。
ギャラリーからテラスへと出たり、眺望の良いカフェを経て小径沿いの展示を見たりしながらThe Tankへと至るシークエンスは、アートのみならず、風景、都市の歴史にまつわる発見が連続するものであり、まさに「アート、建築、ランドスケープをシームレスにつなぐことを目指した」というブランド館長のビジョンを体現したものだ。また、“関係性”、“公園”といったSANAAが常々、大切にしてきた考え方に基づいて導かれた美術館の在り方が、それまで表出していなかった、ビジネス街と植物園の際にあるこの場所の価値を、アートを媒介にして引き出しているのだと感じる。取材の終わりに語られた「我々はデッドエンドをつくりたくない。空間として淀んだような場所をつくらず、全体が流れるような空間としたい」(西沢)という言葉の通り、一つながりとなったサイトスペシフィックな体験を、ぜひ現地で味わってもらいたい。
(文中敬称略)
CREDIT
名称:Art Gallery of NSW / SYDNEY MODERN PROJECT
アーキテクト:SANAA 妹島和世 + 西沢立衛
エグゼクティブアーキテクト:Architectus
構造:ARUP
設備:Steensen Varming
ファサード:Surface Design
ビルダー:Richard Crookes Constructions
デリバリーオーソリティー: Infrastructure NSW
ランドスケープアーキテクト: McGregor Coxall、Gustafson Guthrie Nichol (GGN)
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所在地:Art Gallery Road, The Domain 2000, New South Wales, Australia
運営:Art Gallery of New South Wales
用途:美術館
開業:2022年12月3日
床面積:17,000m2
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仕上げ材料
屋外床:顔料入りコンクリートハケ引き仕上げ
床:ホワイエ、ギャラリー3、The Tank/顔料入りコンクリート研磨仕上げ ギャラリー1/ガム材フローリング ギャラリー2、4、5/コンクリート研磨仕上げ
壁:土壁t=300 ポルトガル産ライムストーン エントランスパビリオン外壁/Low-e HS t=8mm + A=12mm + HS Lam t=11.52mm
天井:エントランスパビリオン/Perforated aluminum panel t=2mm
ガラス屋根(ウェルカムプラザ): Slumped annealed glass t=10+10mm
螺旋階段(The Tank内):スチール製白塗装仕上げ